研究代表者:大島 研介(神奈川大学)
実施期間:2013年4月〜2016年3月
最終更新日:2016年10月30日
79名の点字ユーザを対象とした個別実験を実施した。読書速度の測定に加え、個人特性に関するインタビュー、触覚の空間分解能・皮膚温度・指先の面積・ワーキングメモリの測定を行った。
①参加者のうち、39名は3歳以前に失明した早期失明の点字ユーザであり、残りの40名は4歳以降に失明した中途失明の点字ユーザであった。
②読書速度の測定は、文章特性の異なる25本の文章を読み上げる音読課題であった。すべての文章を読み終えるか、2分経過した時点で測定は終了となった。ユーザごとに、正順、逆順のいずれかの順序で音読課題を行い、順序のカウンターバランスをとった。文章の選定は、以下の手順に基づき行った。高等学校の現代文の教科書から、特異な固有名詞を含まない、会話文ではない、一般的でない英単語を含まない、点訳時に1ページ内(32マス×22行)に収まるなどの基準を満たす文章を50本抜粋した。50本の文章を、単語親密度と50音以外の割合の両方に関して5段階で順位付けを行い、各指標の順位の組み合わせから均等に25本の文章を選択した。25本の文章は、点訳者と校正者により点訳と校正を行われたものを点字プリンタ(ESA721)によりB5版の点字用紙に印刷したものを使用した。読書速度は、正確に読み上げられたマス数(マス空けや空白は含まないが、記号や句読点などの一つでも点があるマスは含む)を所要時間で割った1分あたりのマス数(マス/分)を指標とした。
③個人特性に関するインタビューでは、任意回答により、左右の眼の保有視力、眼疾患、失明年齢、現在の点字利用状況、点字の利用開始年齢、点字の学習歴、現在の年齢、利き手、点字を読む際の手の本数・読み指、点字の読みやすさについて、インタビューを行った。④触覚の空間分解能の測定では、Legge, Madison, and Mansfield (1999)の能動的に手を動かせる状況で空間分解能が簡便に測定できる指標であるTACチャートを基に作成したTAC-Lを使用した(図1)。点字の“ろ”“る”“え”“り”と同じように線対称のパターンの識別課題を、ランドルト環のように点と点の間隔を変化させたすべての指標に関して行い、誤答の数から、空間的に弁別できる最小値(閾値)の測定を行った。
図1 TACチャート⑤皮膚温度の計測では、放射温度計(FLUKE 566とFLUKE 568)を用いて、触って判断する課題(読書速度の測定・空間分解能の測定)の前後で左右の人差し指の指先の腹の温度を計測した。
⑥指先の面積の計測では、スキャナ(GT-X820とGT-X830)で読み手と非読み手の手のひらを画像化し、その後、Adobe Photoshop CC2014を使用し、指先(第一関節より先)の面積を2人の評価者が計測し、平均値を算出した。
⑦ワーキングメモリの計測では、最初に、読み上げた数字をそのままの順番で回答する順唱課題を、ついで読み上げた数字を逆の順番で回答する逆唱課題を行った。測定は2桁の数字から開始し、正答するごとに桁数を増やし、2連続で不正解になった時点で計測を終了した。
77名(測定データの欠損により2名は分析より除外)のデータを基に、文章特性をレベル1(within level)、個人特性をレベル2(between level)とした階層線形モデルにより、読書速度を予測するモデルの構築を行った。本実験では、参加者ごとに異なる文章に関して測定を行うことから、一人の参加者が複数のデータを抱える階層構造のあるデータであり、階層線形モデルにより個人レベルと文章レベルの各レベルの影響を分けて検証した。
個人レベルの変数として、年齢、性別、保有視力の有無、点字開始年齢、失明年齢、先天盲かどうか、点字利用頻度、読み手の本数、読み手の皮膚温度、読み手の人差し指の面積、順唱成績、逆唱成績、触覚の感度の13個を使用した。文章レベルの変数として、文章の提示順、日本語由来の文章特性(語彙レベル、一文の長さの平均、語彙数、単語親密度)、日本語点字由来の文章特性(50音以外のマスの割合、1マスあたりの点字の点数の平均、行数、空白のマスの数)の9個を使用した。日本語由来の文章特性に関しては、MeCabを使用した形態素分析により、単語に分割し、語彙レベル、一文の長さの平均、語彙数、単語親密度の評価ができるウェブアプリケーションのチュウ太のレベルチェッカーを使用した。個人レベルの変数は全体平均による中心化を行い、文章レベルの変数は、個人平均による中心化を行った。
モデルの評価のためには、共分散構造分析の分析ソフトであるM-plus7を使用して、目的変数(読書速度)だけを投入し、説明変数を投入しないnullモデルとすべての説明変数を投入するfullモデル、さらに不必要な変数を除去した単純モデルの構築を行った。すべてのモデルにおいて、サンプルサイズが小さい時でも頑健な結果が得られるベイズ推定により、モデルの推定を行った。各モデルの比較の結果、nullモデルに対して、単純モデルは、適合度指標であるDICが小さいことが確認された。単純モデルは、個人レベルの変数のうち点字利用頻度と失明年齢に加え、文章レベルの変数のうち、語彙レベル、一文の長さの平均、単語親密度、50音以外のマスの割合、1マスあたりの平均点数を説明変数としたモデルであった(図2)。
図2 単純モデル:パスの係数は、標準化係数今回のモデルにより、読書チャートとして選択された3つの文章は、モデルによる予測により、個人特性、文章特性を考慮した読書速度の目安が明らかになっている。また、本モデルにより今回使用していない文章であっても読書チャートに使用した文章と同様の評価を行うことができると期待される。
一方で、今回の点字読書チャートを活用する上での限界と克服すべき課題がある。今回の点字読書チャートは、音読の成績に基づいて作成されているため、通常の読書体験(黙読)での読書速度の評価に適応できるかは検証されていない。また、点字読書チャートの評価に使用したモデルは、読書チャートの実用性を考慮して、単純なモデル(ランダム切片モデル)の想定をしている。そのため、ユーザの個人特性と文章特性は独立したモデルとなっている。そのため、今回のモデルにより早く読めると評価された文章はどのユーザにとっても早く読めるという予測になる。しかし、現実には、ユーザごとに早く読める文章は、共通している部分は多いものの、完全に一致しているわけではない。また、今回のモデルは、使用した25本の文章の評価を行うには妥当であるが、今回使用していない文章や、テスト問題や会話文などの様々な文章形式にも適応可能かどうかの妥当性や汎用性の検証が今後必要である。<引用文献>
Legge, G. E., Madison, C. M., & Mansfield, J. S. (1999). Measuring Braille reading speed with the MNREAD test. Visual Impairment Research, 1(3), 131–145.
① Oshima, K. and Nakano, Y. Influence of individual-level and sentence-level factors on braille reading speed. 31th International Congress of Psychology, 2016年7月27日(発表予定)、パシフィコ横浜(神奈川県・横浜市).
② 大島研介・中野泰志 点字読書速度に与える文章特性と個人特性の影響 --階層線形モデルによる検討-- 日本心理学会第79年大会 2015年9月24日 東北大学(宮城県・仙台市).
③ 大島研介・中野泰志 文章の違いが点字読書速度に与える影響 --速く読める文章はユーザ間で共通しているか-- 特殊教育学会第53回大会 2015年9月18日 名古屋国際会議場(愛知県・名古屋市).
(1)研究代表者
大島 研介(OSHIMA, Kensuke)神奈川大学 人間科学部・非常勤講師 研究者番号:80636811