「点字読書速度の客観化に向けて-点字読書チャートの開発--」のページ

研究代表者:大島 研介(神奈川大学)

実施期間:2013年4月〜2016年3月

  • トップページ
  • 研究協力者の募集(終了)
  • 研究発表
  • 研究成果(最終報告書)
  • 点字読書チャート
  • リンク

  •  

    戻る

    研究成果(最終報告書)

    最終更新日:2016年10月30日

    成果報告書「点字読書速度の客観化に向けて-点字読書チャートの開発--」

    研究の要旨

     点字触読速度は文章により速度が変わるという問題があった。そこで、本研究では、客観的な評価を行うための読書チャートの開発を目指している。チャート開発の基となるデータの収集のため、79名の点字ユーザを対象とし、文章特性の異なる文章の読書速度の測定と個人特性の収集を行った。階層線形モデルにより、読書速度と関連する個人・文章特性を特定し、読書速度を予測する最適最小モデルの構築を行った。結果、読書速度に対し個人レベル(失明年齢・点字の利用頻度)と文章レベル(単語親密度・語彙レベルなど)の両方で統計的に有意な影響が確認された。このモデルに基づき文章難易度を評価した文章を読書チャートとして公開する。

    1.研究開始当初の背景

     点字読書速度を向上させることは点字ユーザにとって至上の目的であるが、読書に使用する文章が異なると、構成されるマスの複雑さや意味内容が変わるため、読書速度を正確に評価することが難しい。そのため、今まで様々な指導法や読書スタイルの提案が行われてきたが、効果の評価を系統的に行うことができなかった。また点字指導の観点では、習熟の指標である読書速度を測定する際に使う文章は教員の裁量で選ばれることが多く、文章の違いを考慮できず、一貫した評価が行えていない可能性があった。

    2.研究の目的

     本研究は、点字読書速度の客観的評価を行うため、読書速度と関連する個人特性と文章特性の影響を考慮した読書チャートの開発を行った。読書チャートの開発のベースとなるデータの収集のため、点字ユーザを対象とした実験を実施した。実験では、文章特性の異なる文章の読書速度の測定を行い、さらに点字ユーザの多様性を鑑みて、個人特性の影響を検討するため、ユーザの知覚特性や認知特性や点字の利用頻度などの個人特性の収集を行う。この実験のデータに基づき、階層線形モデルにより読書速度と関連する個人・文章特性を特定し、読書速度を予測するモデルの構築を行う。このモデルに基づき、評価を行った文章を点字読書チャートとする。

    3.研究の方法

    (1)実験の概要

    79名の点字ユーザを対象とした個別実験を実施した。読書速度の測定に加え、個人特性に関するインタビュー、触覚の空間分解能・皮膚温度・指先の面積・ワーキングメモリの測定を行った。

    ①参加者のうち、39名は3歳以前に失明した早期失明の点字ユーザであり、残りの40名は4歳以降に失明した中途失明の点字ユーザであった。

    ②読書速度の測定は、文章特性の異なる25本の文章を読み上げる音読課題であった。すべての文章を読み終えるか、2分経過した時点で測定は終了となった。ユーザごとに、正順、逆順のいずれかの順序で音読課題を行い、順序のカウンターバランスをとった。文章の選定は、以下の手順に基づき行った。高等学校の現代文の教科書から、特異な固有名詞を含まない、会話文ではない、一般的でない英単語を含まない、点訳時に1ページ内(32マス×22行)に収まるなどの基準を満たす文章を50本抜粋した。50本の文章を、単語親密度と50音以外の割合の両方に関して5段階で順位付けを行い、各指標の順位の組み合わせから均等に25本の文章を選択した。25本の文章は、点訳者と校正者により点訳と校正を行われたものを点字プリンタ(ESA721)によりB5版の点字用紙に印刷したものを使用した。読書速度は、正確に読み上げられたマス数(マス空けや空白は含まないが、記号や句読点などの一つでも点があるマスは含む)を所要時間で割った1分あたりのマス数(マス/分)を指標とした。

    ③個人特性に関するインタビューでは、任意回答により、左右の眼の保有視力、眼疾患、失明年齢、現在の点字利用状況、点字の利用開始年齢、点字の学習歴、現在の年齢、利き手、点字を読む際の手の本数・読み指、点字の読みやすさについて、インタビューを行った。④触覚の空間分解能の測定では、Legge, Madison, and Mansfield (1999)の能動的に手を動かせる状況で空間分解能が簡便に測定できる指標であるTACチャートを基に作成したTAC-Lを使用した(図1)。点字の“ろ”“る”“え”“り”と同じように線対称のパターンの識別課題を、ランドルト環のように点と点の間隔を変化させたすべての指標に関して行い、誤答の数から、空間的に弁別できる最小値(閾値)の測定を行った。

    TACチャートの図。線対称のパターンが横に8個並んだ列が、全部で9行ある。下の列に行くほど点と点の間隔が狭まる配列となっている

    図1 TACチャート

    ⑤皮膚温度の計測では、放射温度計(FLUKE 566とFLUKE 568)を用いて、触って判断する課題(読書速度の測定・空間分解能の測定)の前後で左右の人差し指の指先の腹の温度を計測した。

    ⑥指先の面積の計測では、スキャナ(GT-X820とGT-X830)で読み手と非読み手の手のひらを画像化し、その後、Adobe Photoshop CC2014を使用し、指先(第一関節より先)の面積を2人の評価者が計測し、平均値を算出した。

    ⑦ワーキングメモリの計測では、最初に、読み上げた数字をそのままの順番で回答する順唱課題を、ついで読み上げた数字を逆の順番で回答する逆唱課題を行った。測定は2桁の数字から開始し、正答するごとに桁数を増やし、2連続で不正解になった時点で計測を終了した。

    4.研究成果

    (1)読書速度の平均と個人差  79名の点字ユーザの読書速度の平均は、282.8マス/分(SD = 120.2マス/分)であり、個人差が大きいことが確認された。さらに、文章による影響の大きさを確認するため、個人ごとに読書速度の最も早い文章と最も遅い文章との差分を算出したところ、平均すると97マス/分(SD =31.9マス/分)も異なることがわかった。このことから、読書速度の測定の際に、異なる文章を使用すると、100マス/分ほどの読書速度の差があり、文章の違いを考慮する必要性が再確認できた。
    (2)モデルの構築

     77名(測定データの欠損により2名は分析より除外)のデータを基に、文章特性をレベル1(within level)、個人特性をレベル2(between level)とした階層線形モデルにより、読書速度を予測するモデルの構築を行った。本実験では、参加者ごとに異なる文章に関して測定を行うことから、一人の参加者が複数のデータを抱える階層構造のあるデータであり、階層線形モデルにより個人レベルと文章レベルの各レベルの影響を分けて検証した。

     個人レベルの変数として、年齢、性別、保有視力の有無、点字開始年齢、失明年齢、先天盲かどうか、点字利用頻度、読み手の本数、読み手の皮膚温度、読み手の人差し指の面積、順唱成績、逆唱成績、触覚の感度の13個を使用した。文章レベルの変数として、文章の提示順、日本語由来の文章特性(語彙レベル、一文の長さの平均、語彙数、単語親密度)、日本語点字由来の文章特性(50音以外のマスの割合、1マスあたりの点字の点数の平均、行数、空白のマスの数)の9個を使用した。日本語由来の文章特性に関しては、MeCabを使用した形態素分析により、単語に分割し、語彙レベル、一文の長さの平均、語彙数、単語親密度の評価ができるウェブアプリケーションのチュウ太のレベルチェッカーを使用した。個人レベルの変数は全体平均による中心化を行い、文章レベルの変数は、個人平均による中心化を行った。

     モデルの評価のためには、共分散構造分析の分析ソフトであるM-plus7を使用して、目的変数(読書速度)だけを投入し、説明変数を投入しないnullモデルとすべての説明変数を投入するfullモデル、さらに不必要な変数を除去した単純モデルの構築を行った。すべてのモデルにおいて、サンプルサイズが小さい時でも頑健な結果が得られるベイズ推定により、モデルの推定を行った。各モデルの比較の結果、nullモデルに対して、単純モデルは、適合度指標であるDICが小さいことが確認された。単純モデルは、個人レベルの変数のうち点字利用頻度と失明年齢に加え、文章レベルの変数のうち、語彙レベル、一文の長さの平均、単語親密度、50音以外のマスの割合、1マスあたりの平均点数を説明変数としたモデルであった(図2)。

    文章レベルと個人レベルの変数が、読書速度に与える影響を示した単純モデル。文章レベルの変数の標準化係数は、語彙レベル(.33)、一文の長さの平均(.29)、単語親密度(.12)、50音以外の割合(.29)、1マスの平均点数(-.19)であった。一方、個人レベルの変数の標準化係数は展示利用頻度(.19)、失明年齢(-.63)である。

    図2 単純モデル:パスの係数は、標準化係数
    (3)単純モデルに基づいた読書チャートの特徴
     今回使用した25種の文章のうち、モデルに基づき、最も早い文章、中間にあたる文章、遅い文章の3つを、読書チャートとした。それぞれの文章は、モデルに基づいて文章の違いの影響の評価がなされた文章とみなすことができる。ここでは、早期失明の点字ユーザと、中途失明のユーザを想定したユーザが音読した場合の読書速度を、モデルにより予測した数値を一例として表1に示した。今回のモデルに基づくと文章Aは、3歳の時に失明し、毎日点字を利用しているユーザAでは353.6 マス/分の速度で読めるのに対し、30歳の時に失明し、週に1日点字を利用するユーザBは146.3 マス/分で読むことができると予測される文章となる。

    今回の単純モデルに基づく予測を示した表である。3歳の時に失明し、毎日点字を利用しているユーザAでは文章Aは353.6マス/分、文章Bは341.9マス/分、文章Cは326.4マス/分の速度で読める。30歳の時に失明し、週に1日点字を利用するユーザBは文章Aは146.3 マス/分、文章Bは134.6.マス/分、文章Cは119.1マス/分の速度で読める

    表1 読書チャートの文章ごとのモデルによる読書速度の予測 数値の単位は、マス/分
    (4)読書チャートの特性と今後の課題

     今回のモデルにより、読書チャートとして選択された3つの文章は、モデルによる予測により、個人特性、文章特性を考慮した読書速度の目安が明らかになっている。また、本モデルにより今回使用していない文章であっても読書チャートに使用した文章と同様の評価を行うことができると期待される。

     一方で、今回の点字読書チャートを活用する上での限界と克服すべき課題がある。今回の点字読書チャートは、音読の成績に基づいて作成されているため、通常の読書体験(黙読)での読書速度の評価に適応できるかは検証されていない。また、点字読書チャートの評価に使用したモデルは、読書チャートの実用性を考慮して、単純なモデル(ランダム切片モデル)の想定をしている。そのため、ユーザの個人特性と文章特性は独立したモデルとなっている。そのため、今回のモデルにより早く読めると評価された文章はどのユーザにとっても早く読めるという予測になる。しかし、現実には、ユーザごとに早く読める文章は、共通している部分は多いものの、完全に一致しているわけではない。また、今回のモデルは、使用した25本の文章の評価を行うには妥当であるが、今回使用していない文章や、テスト問題や会話文などの様々な文章形式にも適応可能かどうかの妥当性や汎用性の検証が今後必要である。

    <引用文献>

    Legge, G. E., Madison, C. M., & Mansfield, J. S. (1999). Measuring Braille reading speed with the MNREAD test. Visual Impairment Research, 1(3), 131–145.

    5.主な発表論文等

    〔学会発表〕(計 3 件)

    ① Oshima, K. and Nakano, Y. Influence of individual-level and sentence-level factors on braille reading speed. 31th International Congress of Psychology, 2016年7月27日(発表予定)、パシフィコ横浜(神奈川県・横浜市).

    ② 大島研介・中野泰志 点字読書速度に与える文章特性と個人特性の影響 --階層線形モデルによる検討-- 日本心理学会第79年大会 2015年9月24日 東北大学(宮城県・仙台市).

    ③ 大島研介・中野泰志 文章の違いが点字読書速度に与える影響 --速く読める文章はユーザ間で共通しているか-- 特殊教育学会第53回大会 2015年9月18日 名古屋国際会議場(愛知県・名古屋市).

    6.研究組織

    (1)研究代表者

    大島 研介(OSHIMA, Kensuke)神奈川大学 人間科学部・非常勤講師 研究者番号:80636811

    戻る